グラハムの投資理論を学ぶ:グラハムについて

 ベン・グラハムは、不思議とわが国ではあまり知られていない。弟子であるウォレン・バフェットについては、投資家であればまず知らない者はないであろう。しかし、師であるグラハムは、バフェットほどの知名度はない。そもそもグラハム(Graham)の訳も「グレアム」とされたり「グラーム」とされたりとまちまちで、確定している感がない。余談になるが、Grahamという英語は、「グラーム」と発音される。しかし、英語発音と日本語発音との間に微妙な違いがあり、それゆえ、日本語訳が必ずしも「グラーム」にならない。Hepburnという英語名がヘボンと訳されたりするのと同じことであろう。しかし、私は、Grahamという英語名をグラハムと訳すことにする。また、今後の我が国アカデミズムおよびビジネスの世界においてもグラハムと訳すことを提案する。理由は、一般的な英語名としてのGrahamが、すでに多く「グラハム」と訳されており、翻訳慣習として一般化していると考えるからである。

 さて、グラハムは、アメリカの投資家達の間では神格的扱いを受けている。ビル・ゲイツ氏は、かつて「私がもっとも影響を受けた本は、ビル・グラハムの記した”The Intelligent Investor”である」と語っている。その”The Intelligent Investor”であるが、最近日本でも新訳本が出版された。

賢明なる投資家 ? 割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法
ベンジャミン グレアム (著), 土光 篤洋 (翻訳)

しかし、翻訳者には悪いが、この新訳本はあまり出来が良くない。グラハムの著作は、芳醇な経済学用語とウィットに富んだ表現の集まりで、その翻訳に際してはグラハム並の力量と表現力が要求されよう。また、グラハムの表現方法は、自ら称しているように、極めて保守的(Conservative)であり、彼の思想をつかまずして平易な訳文構成を図ることが困難である。そのため、グラハムの理論を読者にご紹介するについては、グラハムの名著”The Intelligent Investor”の原著を使って行うこととしたい。また、グラハムおよび”The Intelligent Investor”について学びたいと思われる読者に対しては、あくまでも原著を紐とかれることを強くお勧めする。

 なお、これも余談になるが、私のところに以前、ミンツバーグの新刊本翻訳の依頼があった。ミンツバーグといえば、ハーバード・ビジネススクールの「天敵」であることを自認している経営学の大重鎮であるが、その代表作である「戦略サファリ」の翻訳本を参考に見てみたところ、これが大変な誤訳だらけで、唖然とさせられた。同本の翻訳者は、ミンツバーグの日本での友人であったと記憶しているが、本当に経営学を知っているのか疑わしい表記が随所で見つかった。ミンツバーグのような偉人の著作を、こうも稚拙に翻訳している現状をみて、非常に寒々しい思いをさせられたものだ。
(次回へ続く)