グラハムの投資理論を学ぶ:バブル経済の形成

 さて、そろそろ1593年に発生したオランダのチューリップバブルについて説明しよう。当時においては、チューリップという花はオランダ特産、またはオランダ原産の花でも何でもなく、トルコ原産の「珍しい花」であったことを記しておいたほうがいいであろう。今でこそオランダはチューリップの国であるが、当時のオランダにおいては、「チューリップ」なる珍しい花は、トルコという「遠い国」からやってきた珍奇な花であったのである(なお、この「珍奇性」もバブル経済を形成するひとつの条件であることも指摘しておこう。人々は、自分がよくわかっているものよりも、自分が「よくわかっていないもの」に投資する傾向が往々にしてあるものである。ライブドア事件においてもしかりである)。

 このバブルの発端は、1593年にオランダのライデンという都市にある大学に着任した植物学の教授が、「チューリップ」というトルコ原産の「珍しい植物」の球根をオランダに持ち込んだことから始まった。時のオランダ人は、自宅の庭に新たな彩を加えようとこの「珍しい植物」にそれなりに魅せられはしたものの、この「珍しい植物」の球根を高値で売りつけて一儲けしようとたくらんだ教授の言い値で買うものは誰もいなかった。

 しかし、ある晩、上の教授の家に泥棒が忍び込み球根を盗み出し、市場で販売してそれなりの利益を得た。

 一方、チューリップはオランダにおいて徐々に知名度を獲得し、商品としてそれなりの価格を形成するようになってきた。現代風に言えば、「プロバイダ」という、出現当初はわけのわからなかった商売が、一般的に知られるようになるにつれてそれなりに価格が形成されてくる、といった感じであろう。

 「一般化」されてくると投機の対象としてはそれなりの意味をもつのも経済学的には興味あふれるところである。現在におけるプロバイダのビジネスが一般化されるに従い「無料プロバイダ」「従量課金プロバイダ」「法人専用プロバイダ」「ブロードバンドプロバイダ」と多様化していったのと同様、過去のオランダのチューリップバブルにおいても、同じような多様化の道が辿られた。最初は、チューリップ特有の「病気」が結果として引き起こしたチューリップの「変種」が、これまた結果的に取引市場において高値を呼び、その高値が、これも結果的に更なる「変種」を求めるという、バブル経済に必須の「買いの善循環」を発生させることになったのである。

 チューリップバブルは、当初はゆっくりと、しかし、実に着実にオランダ国内に蔓延していった。はじめは、あたかもアパレル業界が来年流行するであろう洋服の生地やデザインを予測するがごとく、次に人気が出るであろう「変種」を予測する動きから始められたが、人々の欲望を巻き込むにつれ、次第に大胆に、かつ、劇的なものへと変化していったのである。
(次回に続く)