グラハムの投資理論を学ぶ:オランダのチューリップバブル

 ここで説明しておくが、チューリップバブルが蔓延した1593年当時のオランダでは、現在の我々が当たり前のように活用している情報ネットワークというものが存在していなかった。チューリップという「珍奇な植物」が、実は大変にカネになるという情報が伝播したのは、熱狂に取り付かれた人々の「口コミ」を通じてであった。いつのまにか登場していた「チューリップ商人」達が一儲けしようと「より変種」のチューリップを仕入れ、それを他者に高値で転売、それを買った「にわかチューリップ商人」が、さらに高値で転売するという、高値の連鎖が形成されていったのである。

 なお、バブルの形成の必要条件として、社会全体のカネ余りという現象が求められる。当時のオランダは、見事にこの必要条件を満たしていた。ヨーロッパ全体の好景気からオランダを含む主要国にカネが集積し、カネが儲かる投機対象を求める状況が形成されていた。そこにチューリップという、「瞬時に金持ちになれる投機対象」が登場し、人々の欲望にいよいよ火を点じたのである。

 さて、チューリップの球根の値段は、いよいよ高値で取引されるようになった。そして、高値で取引されるほどに、チューリップは確実に儲かる投資対象として見られるようになっていった。

 チューリップに対する投資が一般化すると、農民層や職人層といった大衆階層が投資ゲームに参加するようになってきた。手元に充分な現金をもたない彼らは、なけなしの現金で買える程度の取引から投資を開始した。しかし、その程度の金額で購入したチューリップですら短期間で価格が上昇、大衆の市場への更なる参加を促す原動力となっていく。現代の感覚で言うと、充分な投資資金がないサラリーマンやOLが、まずは小遣い程度で買える範囲でベンチャー株を買い、それが瞬く間に上昇してそれなりの利益を得る、といったところあろう。

 市場メカニズムの優れたところは、現金を持たない投資家の欲望に充分な火がつけば、その欲望を充足させるシステムが必ず整備されるという点にある。大衆階層の旺盛な投資意欲に対し、時のチューリップ取引市場は、現代の我々が活用するコールオプション取引に似た制度をもって対応したのである。

 コールオプションとは、オプションの持ち主にあらかじめ決められた価格で、一定の期間中にチューリップを買える権利を与えるものである。オプションを購入する人は、市場価格の15%程度をオプションプレミアムとして支払う。例えば、現在100ギルダーのチューリップのコールオプションは15ギルダーで購入できる。もしこのチューリップが200ギルダーに値上がりすれば、オプションの持ち主はオプションを行使し、値上り益を手にできる。すなわち、値上り益100ギルダーからプレミアム15ギルダーを差し引いた85ギルダーが手に入るのである。
(次回へ続く)