グラハムの投資理論を学ぶ:南海泡沫事件

 バブルに熱を上げる人々は、とりあえず相場が値上りしているからカネを投じるのであって、ファンダメンタルズなどといった小難しい事とは最初から関係がないのだという意見をよく聞く。確かにその通りで、グラハムがいくら自説を説いたところで、即興のマネーゲームに興じる面々は株価の表面的な動きにしか注目しない。本質的価値を持たない株式のマネーゲームが崩壊して、ようやく目を覚ますのが彼らの実態であるというのである。

 では、そのような人々に警鐘を与える意味で、今度はイギリスで起こったバブル事件、南海泡沫事件を検証してみよう。南海泡沫事件は、オランダのチューリップバブル崩壊から80年後のイギリスで発生した。ガルブレイスによると、人々のバブルの記憶は一定期間を経て必ず忘却されるそうであるが、この事件は見事にガルブレイスの説を証明することになったようだ。オランダのチューリップバブルを時のイギリス人がきちんと学習していれば、このような馬鹿げた経済事件は発生していなかったであろう。さて、この南海泡沫事件とは、一体どのような経済事件であったのであろうか。

 もし、ある日あなたが取引している証券会社から突然電話がかかってきて、次のような話をあなたにもちかけたとしよう。「今は詳しくお話できませんが、今のところ売上も利益もまったく上がっていないのですが、将来確実に儲かる会社の株式があります。その会社の事業内容も詳しくはわからないのですが、とりあえず儲かることだけは確実です。少しだけならお分けできますが、お求めになりますか?」これを受けたあなたは、おそらく次のような質問をするであろう。「何をやっているかわからない会社の株を買えというのですか?」と。最近摘発された某製薬会社をめぐるIPO詐欺事件はこれよりもずっとマシな話であるが、今から300年前のイギリスでは、上のような会社の株こそがもっとも人気のある投資対象だったのである。

 南海泡沫事件とは、1711年にイギリスで設立された南海会社(South Sea Company)の株価急騰に端を発する、一連のバブル経済事件のことである。財政悪化に苦しむ当時のイギリス政府が、南海会社という国策会社を設立し、独占貿易権を与える見返りに国債の肩代わりを行わせる目論見からこの悪夢のような事件は始まった。当時の南海とは、アフリカ大陸南端の沿岸を意味し、胡椒貿易や奴隷貿易などの夢あふれるイメージから巨万の富を彷彿させるものだったとされる。特に、奴隷貿易は莫大な利益をもたらすものとされ、南海会社はその独占貿易権だけで既に成功が約束されていたように思われていた。しかし、スペインとのアシエント条約に基づき南海会社は直ちに奴隷貿易を開始したが、運搬中に奴隷の大半が死亡したり、幾たびも海難に見舞われたりなどして業績は思ったより伸びず、同社の経営は当初から不振を極めた。財務的にも窮地に陥った同社は、財務上の復活を果たす上での、ほとんど悪魔的なアイデアを思いついたのだった。それが、後の世に言う「南海計画」の始まりであった。
(次回へ続く)