グラハムの投資理論を学ぶ:南海泡沫事件

 バブル会社に投資した人の全員が、自分の投資先の事業計画が完全に実現可能であると信じていたわけではない。彼らは、投資先の事業が計画通りに実現するであろうと信じるにはあまりにも「分別」がありすぎた。しかし、彼らのほとんどが、「自分たちよりもっと愚か者が存在する」という前提を信じていた。

 すべてのバブル経済に共通することは、カネ余りの経済と、カネ余りを背景にした投資先の不足、そして、投資家の持つ上の前提であろう。自分の投資する会社の株式は必ず値上りをする、そして、高値でも買うやつは必ずいると思うからこそ投資をするのである。そして、これは、株式市場におけるもっとも危険なギャンブルである。

 いずれのバブルにおいても終わりが必ずやってくるが、南海泡沫事件においても終わりの時期が近づいてきた。投資家がキチガイじみた投資を続ける中、終末の予兆と思われる現象が少しずつ見られるようになってきたのである。中でも、「バブル・カード」と銘打ったトランプが売りだされたのは特筆ものであろう。このトランプは、ひとつひとつのカードにバブル会社の漫画が描かれ、その下にそれぞれの会社の説明文が記されていた。しかも、それらの説明文はいずれも、皮肉と疑心がたっぷりとこめられたものであった。

 バブル・カードが皮肉った会社のひとつに、バックル・マシニング・カンパニーという会社があった。この会社は、丸型砲弾と四角型砲弾の、二種類の砲弾を発射できる大砲を製造するのが事業目的であった。これを考案したバックル社長は、この大砲が完成する暁には世界の戦争技術に一大革命を引き起こすであろうと自信をもって主張した。しかし、バブル・カードは、この会社はスペードの8であるが、この会社を次のように説明している。

 「大衆を皆殺しにする稀有な発明。標的は外国人ではなく、イギリスの愚か者。友よ、このおぞましい機械を恐れることなかれ。当社の株式を持てば傷を負うだけで死は免れる」

 南海泡沫事件の終わりは、始まりの時と同様、まずは身内の不穏な動きから導火された。1,000ポンドという驚くべき高値で取引されている自社の株式について、そろそろ不安を抱き始めた同社の経営陣は、1720年の8月に、静かに自分達の所有する自社株を手放し始めたのである。

 この衝撃的なニュースが漏れたとたん、同社の株価は下げを開始した。そして、間もなく暴落の状態に突入し、パニック状態に陥った。不思議なことに、悪い材料というものは重ねて出現するもので、直近に販売された南海会社株式の、最初の分割払いの期日が同じ8月末に迫ってきた。このため、手元に充分な現金を持たない南海会社の投資家達は、自分の保有する南海会社株式を売却して支払いを行う必要に迫られた。この投資家の売りがパニックに拍車をかけ、混乱の速度を加速させていったのである。
(次回へ続く)