バブル経済に学ぶ:ミシシッピ会社事件

 ミシシッピ会社事件の結末は、南海泡沫事件やライブドア事件の時と同様、首謀者の摘発と責任追及に終始した。一時はフランス財政の救世主と目されたジョン・ローであったが、彼が発案したスキームが崩壊した今となっては、救世主どころか売国奴か大詐欺師の悪名を課せられる結果に相成った。全財産を失ったフランス国民の怒りはローに集中し、ローを逮捕して処罰しようという世論が、嫌が上にも高まった。

 状況の機微に機敏なローは、危険を察知するや早速イギリスに逃亡し、四年間滞在した後ベネチアに飛び、そこで静かな余生を送った。ローについて詳細な記録を残したガルブレイスによると、フランスでの「悪行」を終えたローは、「清貧、平穏、有徳な余生を送り、教会の秘蹟を敬虔に受け、カトリックの信仰とともに死んだ」とされる。

 この事件の後、オランダのチューリップバブルやイギリスの南海泡沫事件の時と同様に、フランス経済は長期に渡る沈滞に陥り、経済と金融は長らく停滞を極めた。しかし、これも万古普遍の現象であるが、ミシシッピ会社事件を首謀したジョン・ローを非難する声は上がったものの、それを熱狂的に支持した一般投資家の、中には自らの肉体を売ってまでも彼を支えた淑女達も含まれるが、投資責任を追及する声はついに上がってこなかったのである。

 ミシシッピ会社事件を引き起こしたローの歴史上の評価は大きく分かれる。エール大学の経済学者チャールズ・キンドルバーグによれば、ローのミシシッピ会社の事業は、実現に向けて努力されていた形跡があり、それが実現していればそれなりの収益をフランスにもたらしたはずであるとされる。つまり、ミシシッピ会社とは、詐欺目的の空想会社ではなく、あくまでも実現を目指した「実体のある事業」であったというのである。一方、ピーター・ガーバーによれば、ローは所詮「単なる詐欺師」であり、詐欺師の連帯保証をフランス国家が行ったという、「国家犯罪」に過ぎないという。

 人々の記憶はかくも短く、この種の事件が尽きることは今後も果たしてないであろう。フランス全土を混乱に陥れたジョン・ローという人物は、普通の時代に生まれていれば多分に有能なバンカーとしてその一生をまっとうしたであろう。しかし、幸か不幸か、彼は金融の乱世に生まれ、その才能を乱世にもてあそばれるかのごとく発揮して霧消した。彼に悪意はなかったと思われるが、一方、必ずしも善意だけで行動していたとも思われない。詐欺師を構成する基本要素は、善意と悪意の絶妙なバランスであるといわれるが、このジョン・ローにしても例外ではなかったと思われる。

さて、次回からは時代を若干現代に移し、1900年代にアメリカで発生したいくつかのバブル経済事件について解説してゆこう。
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